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福岡高等裁判所 平成6年(ラ)102号 決定

抗告人(債務者)

甲野一男

右代理人弁護士

古庄玄知

相手方(債権者)

甲野春子

右代理人弁護士

後藤尚三

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一  本件抗告の趣旨及び理由

抗告人は、「原決定を取り消す。抗告人と相手方間の大分地方裁判所杵築支部平成五年(ヨ)第八号監護者指定等仮処分申立事件につき、同裁判所が平成五年八月四日にした仮処分命令を取り消す。右仮処分申立てを却下する。申立費用は一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求め、相手方は主文同旨の裁判を求めた。

抗告人の主張は「平成六年七月二一日付け主張書面」及び「同年八月一八日付け主張書面」のとおりであり、相手方の主張は「答弁書」記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

第二  当裁判所の判断

一  疎明資料並びに原審及び当審における審尋の結果によれば、以下の事実が認められる。

抗告人と相手方は、平成二年九月二八日婚姻届出をし、主に農業を営む抗告人の両親と同居生活を始めたが、相手方は、当初から農家の生活になじめず、また、抗告人の母親との間に確執も生じてきた。相手方は、二回の流産の後、平成四年八月二一日長女夏子を出産し、一か月ほど実家で療養した後、抗告人方に帰宅したが、抗告人の母親のことで抗告人と口論になったことが切っ掛けで、別居することを決意し、同年一一月四日夏子を連れて実家に戻った。その際、抗告人は相手方と夏子を自分の自動車で送り届けている。

抗告人は、大分家庭裁判所杵築支部に、平成五年一月二九日(平成五年家イ第一号)と同年三月一五日(平成五年家イ第五号)、それぞれ夫婦関係調整調停を申し立て、いずれも不成立に終わったが、その最終段階で、抗告人は離婚と親権者を相手方にすることを承諾したものの、養育費の放棄が合意されなかったため、これを拒否するに至った。同年七月一八日、抗告人は、父親とともに相手方の実家を訪問して夏子に面接した際、相手方やその両親の隙を狙い、夏子を抱いて自動車に乗り込み、夏子を連れ去った。

相手方は、同月二一日本件仮処分を申し立て、同年八月四日その発令を得たが、抗告人は、本件仮処分命令に応じないばかりか、相手方と夏子との面接さえ許さず、抗告人方の出入口には「乙山吉男(相手方の父)家一族の進入厳禁」と記載した大きな看板を立て、相手方との接触も完全に拒否している。現在、夏子は抗告人方で養育されているが、抗告人は午前七時から午後五時まで会社勤務をしているため、専ら老齢の両親が農業のかたわら夏子を養育している。一方、相手方は、実家の両親と同居し、自らも働いて一か月一一万円ほどの収入を得ているが、父親もNTT大分支店に勤務して一か月四〇万円ほどの収入を得ており、両親の援助により自ら夏子を養育する強い希望を有している。

なお、抗告人は、同年七月二二日大分地方裁判所杵築支部に、離婚等を求める訴えを提起し(平成五年(タ)第三号)、これに対し、相手方は、同年八月二日同裁判所に、離婚等を求める反訴を提起して(平成五年(タ)第四号)、現在、両事件は同裁判所に係属中である。

二 本件仮処分の申立ては、人訴法一六条に基づくものであって、離婚の訴えが認容された場合になされるべき親権者の指定に伴う人訴法一五条五項、二項所定の子の引渡しを本案とするものであるから、これが発令されるためには、被保全権利として、離婚が認容され債権者が親権者と指定される蓋然性が存することが必要であり、保全の必要性としては、人訴法一六条により民事保全法二三条二項が準用され、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とする事情の存することが必要とされるのであり、また、これで足るというべきである。

抗告人は、本件仮処分の申立ては人身保護法に基づく幼児引渡請求と同一事案であって、最高裁平成五年一〇月一九日第三小法廷判決は、右事案において幼児引渡しが認容されるためには、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明白であること、換言すれば、拘束者が監護することが子の幸福に反することが明白であることを要すると判示しているから、本件仮処分申立てにおいても右と同様の観点から判断すべきである旨を主張する。しかしながら、人身保護法に基づく幼児引渡請求につき右のように解する根拠が、人身保護制度の趣旨、拘束の違法性が顕著であることが要件とされていること(人身保護規則四条)などにあることは、その判示と補足意見から明らかであって、人訴法一六条に基づく本件仮処分申立てにつき右のように解する根拠はなく、抗告人の主張は独自の見解というべきであって採用することはできない。

三  そこで、前記一の事実に基づいて右の諸点を検討することとする。抗告人と相手方はいずれも離婚を求めており、両者の婚姻関係は完全に破綻しているといえるから、離婚の訴えが認容される蓋然性は存する。親権者をいずれに定めるかについては、子の心身の健全な育成と人格の形成を図り、将来においても子の福祉を確保実現するのにより適当であるかという観点から決すべきであるから、この点につき検討する。抗告人と相手方はいずれも経済状態や居住環境に問題はないものの、抗告人は、別居に際して相手方と夏子を相手方の実家に送り届け、調停に際しては一旦は親権を相手方に認めながら養育費が問題となって翻意し、さらには、夏子を強引に奪取した上、母親である相手方と夏子との面接を拒絶しているものであって、抗告人が夏子の監護養育に固執しているのは必ずしも夏子への愛情だけによるものとはいえない面が認められ、しかも、実際の監護養育においては抗告人が老齢の両親に任せているのに対し、相手方は自ら愛情をもってこれに携わる希望を有しているのであり、一般的には祖父母よりも母親が監護養育するほうが子の心身の健全な育成と人格の形成にとって好ましいことは明らかである。以上の諸事情を比較考量すると、夏子の親権者として相手方が指定される蓋然性は高いというべきである。そして、夏子の親権者が相手方に指定されることを前提に、抗告人が夏子を奪取して一年以上を経過しており、その間、相手方と夏子との面接を拒絶していることを考えると、相手方には、監護養育に不可欠な夏子との愛情の交流が回復困難となる切迫した危険が生じているというべきであるから、保全の必要性も認めることができる。

四  よって、本件仮処分を認可した原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官緒賀恒雄 裁判官池谷泉 裁判官川久保政德)

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